シネマティック・アーキテクチャ論

ヒストリー

インスタレーション・プロジェクト ‘Europa ’ (オーストリア・リンツ)Diploma Unit3

ロンドンの建築大学英国建築協会付属建築学校(通称:AAスクール/Architectural Association School of Architecture)のディプロマ・ユニット3研究室(教授:パスカル・シェーニング)は、1991年より2008年まで、建築や都市デザインを他メディアで表現することや、他メディアが建築デザインへ与える影響についての分析を重ねた。研究室では、クリス・マルケル監督の『ラ・ジュテ』(1962)を始めとする様々な前衛的な映画、アート作品、哲学・思想書が紹介され、学生たちは、アーティスティックな手法で建築と映画との関係についての実験や考察を重ねるというものだった。

90年代初頭には、主に建築の新たな意味を発見するために、イメージや言葉のオーバーレイ(重ね合わせ)やブロウ・アップ(拡大露出)という手法が取られていたが、90年代半ば過ぎからは次第に映像(映画)を中心的な表現メディアに、その後学生のほとんどが映像作品を制作しながら都市や建築空間の意味を追求するという手法に変わる。これに文字と写真などにより構成される(単なる論文ではない)BOOK「本」の作成による建築、都市、空間のナラティブ(叙述性)の探求が加えられ、これが、以降のCINEMATIC ARCHITECTURE(映画的建築)の発端となる。

また、その表現は、単なる建築物のデザインのユニークさ、格好よさ、美しさなどの表層性ではなく、建築的解決案を「都市における問題解決の装置、あるいは方法」として捉え、建築家や都市デザイナーの社会的な役割についても常に自問自答しながら作品を制作することが求められた。それに含まれる問題としては、都市が被った戦争など悲劇的な歴史や記憶に対する取り組み、都市開発など社会問題への取り組みなどがある。具体的には、サラエボでの紛争、広島における戦後50年の戦勝・戦敗国間の葛藤、都市開発で失われるパリ市第12区などである。

2000年代中頃までは、映像、写真(集)、本(文章、叙述)により建築物や都市を定義・表現すること、映像作品による建築の存在感や意味の探求(いわゆる建築的映像)が中心だったが、やがてより物理的なデザイン形態を目指す(もちろん一般的な建築・都市デザインとは異なるユニークな)実験的方向へと進化し、それはシェーニング教授退官、2008年に研究室が閉じられるまで続いた。

2009年AAスクールで、「シネマティック・アーキテクチャとは何か?」というシンポジウムが開催された。シェーニング教授を始めとする関係者10名が登壇し、日本からは緒方が招待された。ここで「映画制作を建築デザイン教育プログラムに採用することはいまだ可能性を秘め、さらに有効である」との結論となった。

AAスクール・レクチャー・ホールにおける公開会議「What is Cinématic Architecture?」(2009年5月)

パスカル・シェーニング教授研究室の仕事は、日本でもこれまで何回か紹介されている(雑誌SD、10+1、磯崎新プロデュース中国海市プロジェクなど)。また研究室出身者は、建築家のみならず映像作家、写真家、アーティストとして英国、南北アメリカ、アフリカ、アラブ、ヨーロッパ、アジアなど世界各国で活躍している。 また、教育関係に関わる出身者は、その一部がこの研究室の理念の普及啓発や発展を引き継いでいて、とくに、CAT以外では、ジャン・テック・パクの主催するシネマティック・アーキテクチャ・ソウル(韓国)が積極的に活動し、シネマティック・アーキテクチャ東京と連携している。このユニークな試みは彼ら2チームだけではない。建築と映画を結びつけて捉え何かを見出そうとする動きは、それぞれ独自の手法で、チリのArqFilmFest、ポルトガルのJACK BACK PACK、トルコのSİNETOPYA | Archltecture City and Film Atelierなど、世界中で展開している。

なお、シェーニング教授は2012年夏にはフランスのニースで、「愛と罪、それが全て!”Love and Crime. Basta!”」と題する、建築、映画、写真を題材としたAAスクール・サマーワークショップを主宰。同年秋にはRIBA(王立英国建築家協会)で映画監督ジム・ジャームッシュと建築に関する講演、現在フランス、ロレーヌのル・コルビジェ設計のユニテ・ダビタシオン(別名:光の都市)を拠点に建築家・アーチストとして、作品企画、後進の指導にあたった。

シネマティック・アーキテクチャ東京は、2009年英国でのシンポジウムをきっかけに、緒方が東京を拠点に建築というジャンルだけに捉われず、その理念に賛同するものたちと共に活動を始め、現在に至っている。

左: パスカル・シェーニング教授 / 右: AAスクール・サマーワークショップ「愛と罪、それが全て!”Love and Crime. Basta!”」

参考文献:Cinematic Architecture 1993-2008Fact and Fiction: Everything in Life is as Much Fiction as it is Fact都市の記憶/パスカル・シェーニングとAAスクール・ディプロマ・ユニット3 SD9704 / 1997年4月号参考イベント:『クララ・クラフト=磯野 トーク&上映会
建築から映像へ:パスカル・シェーニング研究室による映像的建築の探求』

ライト・プロジェクション: Created by Night (1997) ディプロマ・ユニット3 (Photo by Valerie Bennett)